大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)166号 判決 1982年12月14日

原告 星野益一郎 外一名

被告 株式会社ロツテ

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告らは、「特許庁が昭和五四年八月二三日昭和五〇年審判第八〇三五号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告らは、登録第八一六九九九号商標(別紙目録記載のとおり、「グアバー」の片仮名文字を横書きしてなり、第二九類「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」を指定商品とし、昭和四二年九月二九日に商標登録出願し、昭和四四年五月一五日に設定の登録をされたもの。以下この登録商標を「本件商標」という。)の商標権者であるが、被告は、昭和五〇年九月一一日、特許庁に対し本件商標登録の無効の審判を請求し、昭和五〇年審判第八〇三五号事件として審理されたが、特許庁は、昭和五四年八月二三日、「登録第八一六九九九号商標の指定商品中『清涼飲料、果実飲料』についての登録を無効とする。」との審決をし、同審決は同年九月一二日原告らに送達された。

二  審決の理由の要旨

(一)  請求人(被告)は、「本件商標の登録を無効とする。」旨の審決を求め、その理由を次のように述べた。

本件商標を構成する「グアバー」は、熱帯アメリカ産てんにんか科の木バンジロウ、その果実を意味する英語の「guava」の発音を片仮名文字をもつて表記したものである。

「guava」(グアバー、グアバア、グアバ)が一般に果実飲料に適することが広く知れわたつていることは明らかであり、現に、果実飲料の日本農林規格においても規定され、果実飲料の原材料を表示するものとして「Guava」、「グアバードリンク」のような表示が使用されている。したがつて、本件商標の指定商品との関係においては、「グアバー」は、品質、原材料を表示する語として、何人にも直ちに認識され親しまれていることが明白であり、本件商標が指定商品中果実飲料に使用される場合においては、単に商品の品質、原材料を表示するにすぎず、また、それ以外の商品に使用するときは、商品の品質について誤認を生ぜしめるおそれがあるものである。それゆえ、本件商標は、商標法第四条第一項第一六号の規定に違反するものであり、同法第四六条第一項第一号の規定により、その登録は無効とされるべきである。

(二)  被請求人(原告ら)は、請求人の主張は一般取引者、需要者を基準に判断したものとはいい難く、当を得ないものであると述べた。

(三)  按ずるに、「グアバー」は、熱帯アメリカ産てんにんか科の木バンジロウ及びその果実を意味する英語の「guava」の発音を表示したものと認められ、他に親しまれた語意があるものとは認められない。ところで、本件商標の登録前においてすでに、外国においては、guava(グアバー)が果実として食用に供され、果汁に加工されており、国内においても、その事実が広く知られていたものである。また、飲料においては、その原材料となる果実名を商品に表示することが一般に行なわれている。

そうしてみると、本件商標の登録時においてすでに、本件商標をその指定商品中guava(グアバー)を使用していない飲料に使用するときは、取引者、需要者はあたかもその商品がguava(グアバー)を原材料とした商品であるかのように認識し、その品質について誤認を生ずるおそれが多分にあつたものといわなければならない。

したがつて、本件商標は、指定商品中「清涼飲料、果実飲料」について、商標法第四条第一項第一六号の規定に該当し、同第四六条第一項第一号の規定により、その登録を無効とされるべく、これらの規定に該当するとは認められない残余の指定商品については、その登録は無効とすべきものではない。

三  審決を取消すべき事由

審決は、次のとおり、判断を誤つており、違法であつて取消されねばならない。

(一)  guavaの発音を仮名で表示すれば「グアバ」であり、その「ア」の発音は本件商標「グアバー」の「ア」よりも短かく、「バ」も本件商標におけるように長音ではないから、本件商標は審決認定のように「guava」の発音を表示したものとはいえない。

また、本件商標「グアバー」をローマ字式ないし英語式に表わせば「guabar」又は「guavar」となるから、本件商標から直ちに欧文字「guava」が連想されることはない。

(二)  仮りに、本件商標「グアバー」の文字から「guava」のスペル、更には、発音が認識しうるとしても、「guava」の語をわが国の一般世人が直ちに「熱帯アメリカ産てんにんか科の木バンジロウ又はその果実」を意味するものと理解しうるものとはいえないし、また、そのような事実もない。

(三)  したがつて、本件商標をその指定商品中guava(グアバー)を使用していない飲料に使用しても、その原材料の品質について誤認を生ずる恐れはない。

第三被告の答弁

一  請求の原因一、二の事実を認め、同三の主張を争う。

二  原告らは、本件商標が「グアバ」に加え「ー」を有する点について、審決の判断に誤りがあると主張するが、本件商標の「グアバー」が熱帯アメリカ産てんにんか科の木バンジロウ及びその果実を意味するものであることをすでに自ら認めている事実がある。すなわち、原告らが共同代表となつている訴外株式会社オリエンタル(香辛料及び食料品の製造販売を主たる目的とする会社)においては、欧文字「GUAVA」と邦文字「グアバー」を容器の表に上下二段に表示し、これを商品名とする缶入り果汁入り清涼飲料を製造販売している。それは、缶容器の表に大きく横書きで「GUAVA」を、その下に本件商標である「グアバー」を表示したものであり、右缶容器の裏面にも、欧文字で、「GUAVA」と横書きに表示し、その下に、その品質についての説明として「グアバーは熱帯の代表的な果物、その野性味豊かな香りは“フルーツのキング”として、世界的に親しまれております。本製品グアバーは、風味の優れた品種を世界に求め、日本最新鋭の果汁工場でブレンドされました。……」と横書きに記載し、更に、品名「果汁入り清涼飲料」、果実名「グアバー」、原材料名「果汁・砂糖・酸味料・香料」と表示をしている。これによつて明らかなとおり、原材料そのものが、「グアバー」「guava」とされているばかりでなく、原告ら自身が本件商標について本件審決の理由の内容及び被告の無効審判請求の理由を認めている。この一事をもつてしても、原告らが前述した熱帯アメリカ産てんにんか科の木バンジロウ及びその果実を表わす「guavg」を邦文字で「グアバー」と表現し、それについて本件商標の登録出願をしたことは疑いの余地がない。

原告らは、本件商標は「バ」に長音の符号「ー」を付してあるから「guava」とは異なるというが、欧文字である「guava」を邦文字で「グアバ」又は「グアバー」と表示したからといつて、両者の意味に差異はない。しかも、「guava」が「グアバー」と表示されることは、前記のとおり、原告ら自身も認めていることである。

第四証拠関係<省略>

理由

請求の原因一及び二の事実については、当事者間に争いがない。

そこで、本件審決にこれを取消すべき違法の事由があるかどうかについて考える。

成立について争いのない乙第四号証及び原本の存在と成立について争いのない乙第二五号証並びに弁論の全趣旨によれば、「guava」とは、熱帯アメリカ産てんにんか目ふともも科に属する和名をバンジロウと称する木又はその果実をいうものであることが認められ、右「guava」はこれを日本文字で表示しようとすれば、成立について争いのない乙第九号証におけるように「グアヴア」、同乙第一〇号証におけるように「グアバ」同乙一二号証、第二四号証、前掲乙第二五号証におけるように「グアバ」、原本の存在と成立について争いのない乙第二六号証におけるように「グワバ」のほかに、本件商標のように「グアバー」ともしうることは、証人積道俊の証言により被告主張のとおりの写真であることが認められる乙第六号証の一・二及び我が国における外来語表記の多様性など弁論の全趣旨から明らかであり、原告らの、本件商標をローマ字式ないし英語式に表わせば「guabar」又は「guavar」となり、本件商標から直ちに欧文字「guava」が連想されることはないとの主張は採りえない。

しかして、前掲乙第九号証、第一〇号証によれば、guava(グアバー)が、本件商標の登録出願前において、少なくとも外国において、果実として食用に供され、果汁に加工されていたこと及びその事実がわが国において知られていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そして飲料においては、その原材料となる果実名をその果実に係る商品に表示することが世上一般に行なわれて来ていることは、弁論の全趣旨により審決のいうとおりであると認められるから、本件商標をその指定商品中「グアバー」を使用していない飲料に使用するときは、取引者、需要者はあたかもその商品が「グアバー」を原材料とした飲料であるかのように認識し、その品質について誤認を生ずるおそれがあるものというべきである。

したがつて、この点に関し、商標法第四条第一項第一六号の規定に該当し、同法第四六条第一項第一号の規定により本件商標登録を無効とすべきものとした審決の判断に誤りはない。

なお、以上の認定事実によれば、本件商標が別紙目録記載のとおりであつて、これが指定商品中、原材料として「グアバー」を使用した清涼飲料、果実飲料に使用されると、いわゆる商品の品質、原材料を表示するものとなることが明らかであり、該指定商品については、商標法第三条第一項第三号の規定に該当するから、同じく本件商標登録を無効とすべきであるとした審決の判断にも誤りはない。成立に争いのない乙第一号及び弁論の全趣旨によれば、審決は、理由中に商標法第三条第一項第三号の規定をことさらに掲記してはいけないけれども、その無効審判請求事由の摘示と、これに対する判断部分における「グアバー」が果汁等の飲料に加工され、その品質、原材料を表示する語として広く知られている旨の認定及び結論とを対比、総合すれば、実質的に判断されているものとすべきであり、いずれにしても審決に判断を誤つた違方はないというべきである。

以上のとおりであるから、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がなく、失当として棄却するほかはない。よつて、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)

目録

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例